think about to metal
最近いろんな局面でメタルについて改めて考えさせられる事が多い。映画のヒットもあったようにオタク臭くてバカにされてしまいがちだけど、こんなにギターや音楽に熱心な人達はいないと思う。しかもじっくり聴くとそれぞれちゃんと作り込まれているし、新しい世代にもちゃんとそれが受け継がれて来ているのだ。いわゆる音楽オタクの俺は、メタラーやプログレッシャー(ある人がそう言っていた:苦笑)を愛する!...とまで言い切れないのが悲しい所で。なぜかというと大概の人達はその世界にのみ生きているから。これだけ情報が溢れているのになぜそこまで限定する?と言いたくなっちゃうが、やはり求めるものは一つなんだろう(ある意味ではむちゃくちゃ尊敬するが)...しかし俺のような雑食派もメタルには聴き所が沢山ある。昔のメタルCDには大体ファミリーツリーが付いてて、誰々が何枚目でどこのバンドに移ったとか一目で判るようになっていて(これも愛だよなぁ)自分の好みのバンドもすぐ見つけやすかったけど、今そういうもので体系化して聴いてみると、色々と考えさせられるものがある。古いものを
聴く事で、より新しいものの出目が見えてくる。言い換えるなら、歴史的な必然の中で鳴らされ続けて来た音というのがあるのだ。メタルの事でここまで言えるなんて(苦笑)や〜俺も大人に...や、なっちゃないな。
聴く事で、より新しいものの出目が見えてくる。言い換えるなら、歴史的な必然の中で鳴らされ続けて来た音というのがあるのだ。メタルの事でここまで言えるなんて(苦笑)や〜俺も大人に...や、なっちゃないな。
ずっと前
テープで外音録るとその録った時よりもっと前の事みたいに聴こえてくるのが不思議だ。デジタルだとそんな事ないのに。外音とヒスノイズってのは相性いいんだな。ほこりのようなものか。埃って、あるだけで実際そんなに経ってないのにもうずっと前からそこにあったような顔をしている。一回着いたらもう全部埃。0か1(もしくはそれ以上)だからテープで外音混ぜたピンポン録りとかするとどんどん劣化、ってか「それ以上」になる。俺の部屋もそう。ピカピカに掃除して、0の状態にするといつも0にするにはずっとピカピカにしなければなりません。坂口安吾の本に自分の部屋の写真が載ってて丸2年掃除してないと書いてあったが、ふーん2年なんて意外とこんなもんかと思ってしまった。てか今の俺の部屋とそんな変わらない...(まだ半年)俺もこの先オヤジになり、ジジイになっていく。髭という埃を携える事によって益々、もはや実年齢よりずっと老けて見えているだろう(7歳上の同僚といても子供には間違いなく同じぐらいに見えてるはず)人は死のイメージに敏感な生き物である...MTRで時の矢
印を行ったり来たり操作する遊びなんて、よく考えてみると恐ろしいわこりゃ。
印を行ったり来たり操作する遊びなんて、よく考えてみると恐ろしいわこりゃ。


